みちしるべ2

元トヨタ期間工の世界一周旅行記、他

25日目 第43番札所明石寺(めいせきじ)、ときわ旅館

25日目は民宿兵頭をスタート。第43番札所明石寺(めいせきじ)を納めます。梅雨らしい一日となりそうです。

朝6時30分、朝食。テレビを挟んで野宿お遍路Iさんと食事をします。テレビではサッカーワールドカップでの日本の決勝トーナメント進出の話題で一色です。「あれだけ、岡田監督じゃあ、ダメだ!ダメだ!と言ってたのにね。昨日、観てた?」「いや、寝てた。」世の中、こんなに盛り上がっていたのか?食事を終え、部屋に戻ってもテレビをつけてしまう。

道引大師

朝7時40分、スタートが遅れてしまった。雨はまだ小降り。Iさんと一緒に民宿を出る。ほかの人と同行するのは何日ぶりだろう。5日目に三人で歩いて以来だ。お遍路を始めた頃は不安からか誰かと一緒に歩いていた。だぶん、同行した人も同じ気持ちだったのだろう。しかし、参拝や歩くペースは人それぞれで慣れてくると一人が楽になる。それと、なにより徳島・・高知・・愛媛と進むにつれて出会いが少なくなる。リタイヤする人が多いのか?梅雨に入って遍路はシーズンオフらしい。民宿から出てすぐの道引大師の前を通り、軽く会話をしながら明石寺を目指す。ここからは5kmぐらいだ。

明石寺山門 明石寺本堂 明石寺夫婦杉明石寺山門へ続く階段

午前9時、明石寺に到着。雨が強くなる。今日は一日、雨なのか?参拝を終えて門前の売店でしばらく休憩。Iさんは写真を撮っている。僕も一枚。Iさんと山門が撮れました。次の札所までは67km、またまた遠いいです。明石寺を山門からまっすぐ出て県道237号線に出る。そこにある橋に遍路道は左と道しるべがあった。Iさんと二人、道しるべの示すがままに歩いた。しばらく歩くと前から軽トラが。不思議そうな顔をして僕らを見て通り過ぎていった。さらに後ろから軽自動車。「お遍路さん、お遍路さん!」と声を掛けられた。

「明石寺には、もう行ったの?」
「さっき行って来ました。」
「じゃあ、大洲に行くんだろう。この道でも行けるけど国道を通った方がいいよ。」
道を戻り、道しるべのあった橋まで戻って来る。やっぱり道しるべは左だ。間違っていない。再び同じ道を歩き出した。すると、またクルマが停まって「国道を通った方がいいよ。この道を通るお遍路さんはいないよ。」とアドバイスをしてくれた。雨が降ってると地図を出すのが億劫になってくる。ここで地図を確認。ナビと照らし合わせながら自分達の位置を確認した。遍路道は山門からではなく別の所から国道に延びている。なるほど!地図は見ないとね。国道へ向け歩き出した。1時間ほどロス。国道に出て、すぐのローソンで休憩。雨が強くなってきた。雨具を出してポンチョ姿になる。「少し買い物したい」と、Iさんとは、ここで別れる事となった。ひとりで国道を歩く。

喫茶店 豚カツ定食

2時間ほど歩き、午後1時に喫茶店で昼食。傘立てに金剛杖を立てる。金剛杖にポンチョと菅笠を掛けて店内に入る。豚カツ定食をいただきました。雨が降ると動きたくなくなってくる。かなり長く喫茶店にいた。そろそろ行かなければ・・・再び歩き出す。しばらくしてIさんと再会。「さっき、喫茶店にいたろう。菅笠がかかってたので分かったよ。カレー食べたぁ?」「いや、豚カツ定食を食べた。」再び二人で歩く事になった。国道56号線を歩く。この先の鳥坂峠を超えると大洲市だ。鳥坂峠を超えるには、このまま国道を行きトンネルを抜けるコースと険しい峠道のコースがある。鳥坂峠の手前、峠越えの遍路道との分岐点までやってきた。Iさん、悩んでいる。「どちらを行こうか?」峠越えが昔ながらの遍路道。出来れば峠越えをしたいようだ。しかし、この雨。しかも峠越えはかなりの遠回りになる。「雨も降ってるし峠道は危ない!トンネル通った方がいいよ。」とトンネルを抜けるコースを薦める。結局、一緒にトンネルコースを歩くこととなった。トンネルを抜けて長い下り坂。少しづつ、Iさんが遅れ始める。坂を下りきった所の休憩所に到着。少し遅れてIさんも到着した。

「今日はどこに泊まるの?」と、Iさん。
「ときわ旅館ってところを予約してあるよ。評判のいい宿なんで2食付で予約した。」
「そうなんだ。僕は十夜ヶ橋(とよがはし)の通夜堂を借りようと思っているだ。」
「今でも橋の下で野宿する人もいるみたいだよね。」
「言えばゴザを貸してくれるらしいけど、さすがに橋の下はねぇ・・・無理でしょ。」
十夜ヶ橋は弘法大師が野宿をしたと言われる別格霊場だ。そろそろ出発。Iさんはもう少し休憩するらしい。



肱川の鵜飼舟 大洲城

Iさんと別れて旅館を目指す。大洲市内に入ると昭和の美しい街並みが・・・そこを抜けると肱川。川岸には鵜飼舟でしょうか、左手には大洲城。ゆっくり観光したい気分です。

ときわ旅館お遍路便利グッツ ときわ旅館夕食 水没MP3プレイヤー

夕方5時、旅館に到着。若いご主人が迎えてくれました。「マメ処理にお使いください。」と、お遍路便利グッツをいただく。ここのご主人は自身も歩きでお遍路を回ったらしく。「分からない事があったら何でも相談してください。」と言ってくれた。とても心強いです。お風呂に入って、その間に洗濯をする。ここでちょっとした事件が・・・。洗濯物のポケットには、MP3プレイヤーが・・・見事に水没。ご臨終です。ブルーな気持ちで夕食をいただく。評判どうりのおいしい夕食でした。



パンフレット一式 伊予二十六ヵ寺参り表紙 伊予二十六ヵ寺参り内容

食堂には、お遍路や観光のパンフレットが多数置いてある。そのなかで、お寺の境内の見取り図が載っている「伊予二十六ヵ寺参り」はとても詳しいガイドで、愛媛はこれで充実したお遍路を廻ることができました。道後の観光ガイドももらって部屋に戻る。

明日は大洲市から内子町へ移動します。。第44番札所大寶寺(たいほうじ)までは47km。MP3プレイヤー、乾くと復活するかな?と期待しつつ就寝。



*このブログは四国遍路の回想記です。記憶違いで若干事実と違っている場合があります。

24日目 第41番札所龍光寺(りゅうこうじ)、第42番札所佛木寺(ぶつもくじ)、民宿兵頭

24日目は宇和島市内を通り第41番札所龍光寺(りゅうこうじ)と第42番札所佛木寺(ぶつもくじ)を納めます。

新橋旅館 新橋旅館前の橋

今日は天気がよくお遍路日和。朝7時に新橋旅館をスタート。宇和島市内を通り龍光寺を目指します。しばらく歩くと松尾トンネル。その横から峠道へと入っていきます。

松尾峠の遍路小屋2 松尾峠の遍路小屋 松尾峠の採石場

峠登り口にはカラフルな休憩所。宿泊もできそうです。峠を越えて採石場の前を通り宇和島市街地へ。市街地では毎回道に迷ってたのですが・・・。宇和島市内は道しるべが多く、めずらしく迷わなかった。

馬目木大師 宇和島闘牛マンホール 宇和島は牛鬼マンホール

ここ宇和島は闘牛と牛鬼が有名らしくマンホールのデザインにもなっていた。ここは観光地だな。人も多いい。馬目木大師(まめきだいし)辺りを歩いていると、前方100mに野宿お遍路Iさんが歩いているのが見えた。「追いつくな?」と思っていたが、Iさんは馬目木大師に寄らずに行ってしまった。僕は馬目木大師にちょっと寄り道。


龍光院

結局、Iさんに追いつくことなく番外霊場龍光院前を通り、宇和島市街地を抜けた。県道57号線を歩く。

コーヒー&ランチわらびの和風ハンバーグ定食

そろそろ昼食。コーヒー&ランチわらびで和風ハンバーグ定食をいただく。

龍光寺本堂と稲荷神社 龍光寺本堂 龍光寺の稲荷神社 龍光寺地蔵菩薩像

午後2時、龍光寺に到着。ここの山号は稲荷山。山号が示すとおり境内の奥、高いところに稲荷大明神を祀る神社がある。こちらもお参りさせていただき、龍光寺を納めました。

中山池自然公園

次の佛木寺までは約1時間程度。県道31号線を歩くはずだったのだが・・・ 道しるべの示すがままに歩いていると、大きな池のある公園内へ。なぜか中山池自然公園の中に入ってしまった。なんか遠回りしているぞ。どうやら道を間違えた。ナビで確認して県道に戻る。

仏木寺山門 仏木寺境内 仏木寺六角堂 仏木寺七福神

午後4時頃に佛木寺に到着。参拝も終わり今日の宿を予約する。今日の宿は民宿兵頭。「今晩泊まれますか?」「いいですけど、外出するので大した料理は出来ませんがよろしいですか?」どうやら今日は休業する予定だったらしい。無理を言って泊めてもらうことに。宿も決まり休んでいるとIさんがやって来た。いつの間にか追い抜いていたようだ。

「馬目木大師前あたりで見つけたんだけど・・・ 馬目木大師に寄ったので追いつけなかったよ。」
「気付いてたよ。後ろから歩いてきてるなあ~って。あの後、少し迷っちゃて・・・。」
「迷ってる間に追い抜いたのかな。ここに来る時、池のある公園を通らなかった・・・。」
後で調べると龍光寺の出口で間違えたみたいだ。「通らなかったよ。」とIさん。

「今晩の宿、決まった?ここら辺、野宿する所がなさそうで・・・。」と、Iさん。
「さっき、民宿兵頭に予約した。外出するみたいで大した料理は出せないって言ってたよ。」
「僕もそこにするか。ここら辺は民宿も少ないし。」
Iさんも民宿兵頭に泊まることになった。

歯長峠へ 送迎庵見送り大師

Iさんと別れて歩き出す。ここから4kmほど行った所に民宿がある。1時間ほどで着くだろうと思っていたのだが・・・。この間にある歯長峠が曲者だった。かなりの難所。頂上付近では200mほどの急勾配が続きます。歯長峠の登り口に休憩所があった。そこで一人の野宿遍路の方が野宿の準備をしていた。僕には気付かない様だったのでスルーして民宿へと急ぐ。歯長峠を超えて峠道を抜ける頃には午後6時を過ぎていた。ポツリポツリと雨も降り始める。

コーヒータイム 民宿兵頭夕食

ようやく民宿に到着。まずは風呂に入る。食事はIさんと一緒にいただこうと、Iさんの到着を待つ事になった。洗濯物を洗濯機に放り込み、部屋でコーヒーを飲みながらIさんを待つ。「Iさん、遅いなあ」午後7時を過ぎてIさん到着。風呂に入り、7時40分に食事となった。「大した料理は出せないよ」と言っていたが、そんな事はなく結構手の込んだ料理が並んでいる。今日の宿泊客は僕らだけ。テレビを挟んで食事をいただく。深夜にはサッカーワールドカップ、デンマーク戦があるらしい。

「意外と遅かったね。雨も降り出したので心配しちゃったよ。」
「峠の登り口の休憩所に野宿遍路がいただろう。30分ほど話こんじゃって遅くなったよ。」
「そういえばいたね。僕はスルーしたけどね。しかし、ここまでキツイとは思わなかった。」
「うん。焼山寺みたいに最初から分かっていたらいいんだけど。心構えの問題だね。」
「あっ!昨日言ってたナビ、見つかった。リックのサイドポケットに入ってたよ。」
テレビではサッカーの話題で一色だ。「今晩、観る?」「いや、やめとく。」お遍路中は早寝早起き。こんな感じでお遍路話で盛り上がった。

食事を終えて部屋に戻る。洗濯物を部屋に干して今日も終了。



*このブログは四国遍路の回想記です。記憶違いで若干事実と違っている場合があります。

23日目 第40番札所観自在寺(かんじざいじ)、新橋旅館

23日目は第40番札所観自在寺(かんじざいじ)を納めます。

今日は微妙な曇り空。朝7時、城辺ビジネスホテルをスタート。次の札所観自在寺の横には小学校が。集団登校の小学生と一緒に観自在寺へと向う。


観自在寺山門 観自在寺本堂 観自在寺栄かえる観自在寺十二支守り本尊

ここは1番札所から一番遠い「四国霊場の裏関所」と呼ばれている。まさに折り返し地点。これからはスタート地点の1番札所へと近づいて行く。参拝を終えてトイレの横のベンチに座って休憩。ポータブルナビで現在地を確認。次の札所龍光寺(りゅうこうじ)までは50km。これまた長い道のりです。観自在寺を出て国道56号線を歩く。

愛媛からの太平洋 

午前10時、海が見えた。これで太平洋ともサヨナラです。次に見るは瀬戸内海。


サッポロラーメン内海店 サッポロラーメンのラーメン定食

しばらく歩くと柏の郵便局前。ここから峠道へと入っていきます。近くにはラーメン屋と休憩所。そしてその休憩所で野宿お遍路Iさんと再会。峠道に備えてカマボコをかじって腹ごしらえしてました。「僕はそこのラーメン屋で食って行くよ。」時間は午前10時40分。かなり早い昼食です。四国なのに「サッポロらーめん」?。フランチャイズ店みたいで、この後も何件か見かけた。ラーメン定食をいただく。「あっ!ナビがない。」ここでポータブルナビがなくなっている事に気が付いた。観自在寺で出したっけ。ベンチの上に置き忘れたらしい。観自在寺へ電話する。「ナビの忘れ物ありませんでしたか?」「いえ、ありませんけど。」・・・なかった。取られたか?「もし出てきたら連絡ください。」仕方ない、タクシーで戻ろうか? しかし、ナイって言ってたし・・・。迷った挙句、先に進む事にした。あったら電話をくれるだろう。ラーメン屋を出る。休憩所にはまだIさんがいた。かなりゆっくりしてるな。ここから峠道へと入っていく。

柏坂へんろ道2 柏坂へんろ道

ここの峠道は柏坂へんろ道と言うようだ。昨日の松尾峠と違って緩やかな峠道です。


柳水大師 清水大師 清水大師からの展望

・・・柳水大師・・・清水大師と通り、峠道を抜ける。


愛媛のミックスジュース

途中、ビニールハウスでおばちゃんから冷えたジュースのお接待を受けた。「愛媛県には愛がある。」 お遍路さんの為にいつもジュースを冷やしてるんだとか。一気に飲み干す。空き缶は峠道を抜けた自販機の回収箱に捨てた。しばらく歩き国道56号線に戻ると、小さいお店に休憩所。近くのAコープは閉まっていた。休憩所で休んでいると店の人がお茶を持って来てくれた。「暑いですね。お茶でもどうぞ。」なんか動きたくなくなってきた。あっ!ナビはどうなった?!峠道では携帯は圏外。ここでもう一度、観自在寺へ電話をする。「トイレの横のベンチに置き忘れたと思うんですけど?・・・」「いえ、見つからないですね。」・・・ なくなったな。ここで完全に諦めた。買って一年。派遣で大分、愛知と仕事した。その時に活躍してくれたナビ。短い間だったけどありがとう。そうこうしていると野宿お遍路Iさんが休憩所に到着。

「途中、ジュースをもらわなかった?すぐ飲んでいいものか迷ったよ。」とIさん。
「すぐ飲みましたよ。おいしかったですね。」
「みかんといよかんのミックスジュースだったけ。空き缶、少し行った自販機で捨てたでしょ。覗いたらあったんで。みんな考えることは同じなんだなあって。」
ここでナビをなくした事を愚痴った。
「ナビを観自在寺でなくしちゃってさあ。ショックだよ。」
「そうなんだ~・・・。僕もナビ持って来てて、歩いた記録を取ってるんだけど。」
リックに付いてる小型のナビを見せてくれた。その日歩いた距離などが記録できて外国製で5万円程度したそうだ。日本語版はもっと高いらしい。電源は乾電池。電池を食うのが難点なんだとか。
「今日の宿はどこ?僕はやすらぎの里に温泉だあるみたいなんで、そこらで野宿する予定なんだけど。」
「僕は素泊まりで新橋旅館に予約した。高知で三日連続で鰹のタタキが出てきてさあ。さすがに飽きちゃって、それから素泊まりで泊まるようにしたんだ。」
ここから旅館までは1時間程度。長いく休憩してしまった。湯のみをお店に返す。「ありがとうございました。おいしかったです。」Iさんを残して歩き出す。旅館までもう少し。

新橋旅館 ポータブルナビ

午後4時頃、新橋旅館に到着。荷物を降ろす。するとリックのサイドポケットに・・・ ナビが入ってるではないか!こんなところに入れてたんだ。観自在寺には迷惑をかけたな。でも見つかってよかったよー。今日の旅館は素泊まりなので、夕食を買いに近くのサークルKに。弁当と朝のパンを買って旅館に戻っていると、Iさんとすれ違った。今日も宿泊客は一人だけ。梅雨に入って歩きのお遍路さんは激減してるようだ。ゆっくり風呂に浸かって本日も終了です。



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22日目 第39番札所延光寺(えんこうじ)~菩提の道場 伊予の国愛媛県、城辺ビジネスホテル

22日目は高知県最後の札所、第39番札所延光寺(えんこうじ)を納めます。

6月22日朝

今日で高知県を後にして菩提の道場、伊予の国愛媛県に入ります。ひさしぶりに天気は晴れ、青い空が見えます。朝7時に清水川荘を出て9時30分に延光寺に着きました。

延光寺山門 延光寺境内 延光寺梵鐘の亀 延光寺眼洗いの井戸

まず目にするのは梵鐘を背負った亀の像。亀が背負って海から現れたという梵鐘がこの寺に伝わっている。ここには「眼洗いの井戸」と言われる井戸があり、この水で目を洗うと眼の病気にご利益があると言われています。早速、メガネをしている僕は目を洗う。「ご利益がありますように。」



延光寺寺山のいぶき

延光寺の山門を出て左には、天然記念物の「寺山のいぶき」が隠れて立っています。樹齢500年だそうです。ここが高知最後の札所になります。四国遍路も半分終わったのか・・・ 徳島はいろんな人と歩いた・・・ 高知に入っては一人旅・・・ 愛媛ではどんな出会いが待っているのか?完全にお遍路にハマッテしまった感じがします。延光寺を納めて歩き出すとすぐ、ここで再会!野宿のお遍路Iさん。しばらく立ち話。

「久しぶりですね。」
「足摺の前の民宿でも会ってんだよ。そう、久百々。素泊まりで泊まってたんだけど。」
どうやら民宿久百々の素泊まりのお客さんが、Iさんだったらしい。足摺岬の道中では会わなかったなあ。
「昨日はどこに泊まったの?」とIさん。
「僕は清水川荘。なんだかな~って感じだったよ。」
「そう、僕はダムの横の梅の木公園で野宿してたよ。」
だいたい同じペースでここまで来ていたらしい。
「足摺岬に行く途中、若い女性のお遍路とすれ違わなかった?どうやら野宿しているらしいよ。」
たしかに荷物が重そうだったな。野宿遍路だったんだ。足摺の三日間の事をいろいろ話して別れました。

レストラン鶴亀 レストラン鶴亀のハンバーグ定食

午前11時30分、レストラン鶴亀で昼食。ハンバーグランチをいただきます。食事を終えてしばらく歩くと遍路道。松尾峠を登ります。



土佐の褐牛 土佐の褐牛2 土佐の褐牛3

途中、牛が放牧されていました。土佐の褐牛(あかうし)、有名なのだろうか? 確かに肌が赤みがかってます。とてもおとなしい性格らしい。「モーすぐ、伊予やけん」そう、松尾峠を越えたら愛媛県なのです。牧場の先から松尾峠へ登る遍路道。急な登りが続く、さすが土佐は修行の道場。この峠道、なかなかの難所です。

松尾大師堂跡愛媛県に入る

午後2時に松尾峠の頂上、松尾大師堂跡に到着。ここからは愛媛県に入り穏やかな下り坂。

松尾大師

午後3時には松尾大師前を通過しました。遍路道から国道56号線へ。ここをひたすら歩きます。松尾峠越えで喉はカラカラ。自販機でジュースを買ってジュース片手に歩く。

みかど食堂 みかど食堂のから揚げ定食

午後5時30分、今日の宿、城辺ビジネスホテルに到着。ちょうど小雨が降り出した。素泊まりなので前にあるみかど食堂で、から揚げ定食をいただく。近くの商店で朝食のパンを買ってホテルに戻ります。風呂に入り洗濯機が無料で使えたので洗濯をして就寝。

明日はいよいよ愛媛の札所へ。四国遍路の半分が終わり後半戦に突入です。



*このブログは四国遍路の回想記です。記憶違いで若干事実と違っている場合があります。

21日目 真念庵への戻打ちコースを歩く、清水川荘

21日目も一日歩きます。次の第39番札所延光寺(えんこうじ)までは40kmほどあります。天気は曇り。しかし・・・午後から天気は崩れます。

今日は民宿星空からスタート。新聞紙がギュウギュウに詰まった靴から新聞紙を取り出す。靴に足を入れると・・・「おっ!結構、乾いてるぞ!」水が靴下に滲みてこない。足の痛みも一晩寝ると不思議と和らいでいた。今日も歩けるな。

太平洋 民宿久百々

天気は曇りで視界もいい。「こんなとこ、あったっけ?」昨日も歩いた道を歩く。景色が昨日とは違って見えた。やっぱり、お遍路は晴れてないと楽しくないな。真念庵へ・・・ 昨日、雨が降ってきて休憩をした直売所のテント・・・昨日泊まった民宿久百々・・・ おととい通ったスリーエフで休憩・・・ そして、午前11時20分に真念庵近くのドライブイン水車に到着。少し早いがここで昼飯をと?・・・水車が回ってない。まさかの休業でした。この先しばらくお店がない。自動販売機でジュースを買って、がぶ飲みしてお腹を満たす。今日は昼飯抜きかぁ。

真念庵納経所の案内

真念庵はどこだろう?ここから県道46号線へ。しばらく行くと真念庵の納経所が・・・ ここから行けるのか!しかし、真念庵には寄らず道を急ぐ。なぜ寄らなっかったのだろう。足の痛みのせいか先に進むことだけを考えていた。



真念石 真念石の説明

午後2時、真念石前を通過。真念石は真念法師の道標。ここを右に行くように案内してある。それが正しい遍路道のようだが峠越えとなるので、ここはまっすぐ平坦なコースへ。真念石を超えたあたりから雨がポツリポツリと降り始める。自然と歩くペースも早くなった。この辺はどぶろく通りと呼ばれ、農家の方が個人で経営される食堂が数件ある。しかし、雨が本格的に降り始めると早く今日を終わらせたいという欲望が強くなった。足も痛い。とにかくひたすら歩いた。

三原村マンホール

三原村を抜けて午後4時頃、今日の宿、清水川荘に到着。足の痛みはこの日がピーク。今日は雑な一日だったなあ。と反省して終了です。



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