みちしるべ2

元トヨタ期間工の世界一周旅行記、他

20日目 第38番札所金剛福寺(こんごうふくじ)、民宿星空

20日目は第38番札所金剛福寺(こんごうふくじ)を納めます。三日ががりで足摺岬を攻略です。

民宿久百々 足摺岬へ

今日は民宿久百々からお遍路スタート。食事を終え各自スタートして行きます。素泊まりの方、女性の方、年輩の男性の方、20代男性のお遍路さん、そして最後に僕。お接待にと飴玉などのおやつセットをいただきました。足の痛みは一晩寝たら和らぎ「何とかいける」。天気は小雨が降る程度。まだまだ大丈夫だな。雨具は着ずに歩き出す。前に歩くは20代男性のお遍路さん。「あれっ!まっすぐ行っちゃったよ。」近道の遍路道に入らずに国道をまっすぐ行ってしまった。近道を通って追い抜く。しばらく歩くと雨が強くなってきた。すると前方に海産物の直売所にテントが張ってあるのを見つけた。そこは先に出た年輩男性のお遍路さんが雨宿りしていた。

「やっぱり降ってきましたね。」と声をかける。
「うん。そうだね。・・・でも今日の宿は安いだけあって洋式トイレがなかったよね。」
「え!ありましたよ。和式の向い側に洋式トイレ。」
「本当、知らなかった!」
どうも洋式トイレじゃないとダメらしく愚痴ってきた。確かに歩き遍路で和式にかがむのは少々辛い。

ここで雨具を取り出しポンチョ姿に。「お先に」と先にテントを出ます。しばらく歩くと今晩泊まるであろう宿が見えて来た。金剛福寺は打戻りで参拝を終えると同じ道を戻り、次の札所へと向う。今日はこの辺まで戻って来る予定だ。民宿は2件ある、さてどっちに泊まろうか?下見をしながら歩く。・・・ 後で気が付いた。この時、宿に荷物を置かせてもらえば楽だったのに。この時は頭が回らず素通りして進んでしまった。以布利港のトイレで休憩。しばらくしてテントで別れた男性のお遍路さんがやって来た。「速いですね。民宿で一緒だった女性の方には会いませんでしたか?、まだ前の方を歩いてんですかね。」と尋ねる。「いや。そこで休憩しているよ。」見ると休憩所で休んでおられた。ここはかなり、りっぱな休憩所だ。金剛福寺まではまだまだ先。ここで二人と別れて休憩所を出発する。

以布利港の海岸から急な遍路道を登り県道に出る。ちょうど出たところで若い女性のお遍路さんとすれ違った。時間からして昨日は金剛福寺の宿坊あたりに泊まったんだろう。若い女性一人のお遍路さんは珍しい。いくつか遍路道をとおって窪津漁港へ。窪津漁港では鰹節の匂いがプーンとしてくる。鰹節の工場だ。ここの匂いはかなり強烈でした。足摺岬は海岸沿いを歩く。絶景の景色を期待していたのだが・・・雨と強い風で景色を見るどころじゃなかった。雨がさらに強くなる。休憩所を見つけてしばらく休憩。ここで民宿の女将さんからもらったおやつセットのバナナを食べる。ここらは店がない。昼食がわりにいただきました。



足摺岬へ2 足摺岬へ3 足摺岬

金剛福寺に近づくにつれて雨は小降りになってきた。ようやく足摺岬を攻略。金剛福寺の門前には旅館やお土産屋が立ち並ぶ観光地だ。日曜日とあって家族ずれなどの観光客も多かった。

金剛福山門 金剛福寺の境内 金剛福寺の亀 金剛福寺大師像

午後1時、ついに金剛福寺に到着。奇跡的に雨は止んだが、岬特有の強い風でロウソクとお線香になかなか火が付かない。台に立っているロウソクは見事にすべて消えていました。参拝が終わった頃に雨が降りだした。また強くなるのか・・・。

ジョン万次郎像 足摺岬展望台 足摺岬展望台2足摺岬の白い灯台

金剛福寺を納めてジョン万次郎像の横を通り展望台へ。ここが四国最南端です。白い足摺の灯台が見えます。絶景のはずなんですが……。晴れてなかったのが残念。



天狗の鼻 天狗の鼻から見る灯台 皇太子殿下御歌

さらに天狗の鼻。ここからも灯台が見えます。晴れた日にもう一度来たいな。そう思い足摺岬をあとにしました。

ここからもと来た道を戻ります。歩き初めてすぐに民宿が一緒だった男性お遍路さんが・・・。
「もう参拝終わったの早いなあ。で、戻るの?」
「真念庵まで打戻りです。打戻りしないのですか?」
「打戻りなんだけど、僕は足摺スカイラインを通って行くよ。」
それってキツクないですか?しばらくして70代女性のお遍路さんともすれ違う。「もう少しですよ」と声をかけた。カッパと傘もさして、さすがにキツそうに歩いていました。それから1時間ほど歩き、バナナを食べた休憩所まで戻ってきた。雨が強くなる。ここで宿を予約する。「少し遅くなります。」と宿に告げた。すでに午後3時を回っている。窪津漁港・・・以布利港と通る。遍路道はこの雨で川となっていた。足が痛い。時間がとても長く感じる。

ようやく今日の宿、民宿星空に到着。時間は午後6時を過ぎていた。「大変だったでしょう。風呂の用意ができてます。服は洗濯しますのでカゴに入れててください。」と女将さんが迎えてくれた。あまりに遅いので、民宿のご主人は車で探しに出てくれていた。大変、ご心配をおかけました。靴を脱ぐ。「新聞紙、詰めときますね。」と、靴に新聞紙を詰めてくれた。とても親切な女将さんだ。さっそく風呂に入る。服を脱ぎ靴下を脱ぐ。すると僕の足は見るも無残な姿になっていた。痛いはずだ。足のマメを処理し風呂を済ませて食事です。

今日の客は僕ひとり。ひとりでテレビを見ながらいただきました。痛い足を引き摺り部屋に戻る。明日は歩けるだろうか?無理なら一旦、佐賀に帰ろう。区切り打ちになっちゃうな。

三日かけて足摺岬を攻略。この間、雨の日が続き足のコンディションは最悪に。ここでリタイヤも考えました。まだ次の札所までは40kmほどあります。



*このブログは四国遍路の回想記です。記憶違いで若干事実と違っている場合があります。

19日目 二泊三日で足摺岬の第38番札所金剛福寺(こんごうふくじ)を目指す二日目、民宿久百々

19日目は民宿みやこをスタート。次の第38番札所金剛福寺(こんごうふくじ)までは50km。一日歩きます。

今日も一日雨が降りそう。昨日洗濯した服は半乾き。何とか着れなくもない。夕食と同様に朝食もかなりのボリュームの食事を平らげ朝7時に民宿を出発。しばらくして道の駅ビオスおおがた前、「昨日はここでIさん、野宿したのか。」と、思いながら歩いていると道の駅を通り過ぎてしまった。道の駅横から遍路道があったのだが・・・また、道を間違えた。少し遠回りすることになちゃったよ。土佐入野の駅前を通りコインランドリー手前を左へ。歩き遍路道に合流して、目指すは四万十川だ!雨も小降りになってきた。ポンチョを脱いで歩く。



四万十川 四万十大橋 四万十大橋2 四万十大橋3

午前11時、四万十川が見えた。四万十大橋の手前の休憩所でしばらく休憩。ジュースを買って休んでいると雨が強くなってきた。ポンチョは頭からかぶるので菅笠を取らないと着れない。これが結構めんどくさい。「降るのか降らないのか、どっちかにしてくれ!」

十文字のハンバーグ定食 

四万十大橋を渡り、しばらく歩くと3件の飲食店がある。ここでお昼を予定していた。なんとなく、うどんには拒否反応が出てしまう。嫌いなわけではないんだけど。うどん屋をさけてレストラン大文字に入いる。和風なハンバーグ定食をいただきました。雨は小降りに・・・。

大文字山の案内 大文字山?

食堂を出てすぐに大文字山の案内が・・・ふと右を見ると・・・あった!あれか?大文字山。小さくねぇ~!と言うより山なの?次に目指すは真念庵。ここが次の札所金剛福寺への打戻りの起点となります。国道321号線を歩く。「あっ!今日は土曜日。早く宿を押さえておかないと・・・」と思い、新伊豆田トンネルという長いトンネルを抜けた所で宿の予約を入れる。民宿いさりびへ「・・・今日は20人の団体さんが泊まるので・・・無理ですね。」ダメだった。次に民宿久百々へ・・・宿、取れました。

午後2時、真念庵近くのドライブイン水車に到着。「真念庵はどこだ!」探したが見つからず。どうやら国道沿いではないらしい。ここが打戻りの起点。いよいよ足摺岬です。

民宿久百々 足

雨の日は時間がたつのが遅い気がする。疲れのせいなのか?ずいぶん長い間歩いた気がしたが・・・ 午後4時に民宿に到着。足が痛い。雨が降ると足裏の皮が蒸れてやわらかくなり、マメが出来やすくなる。これがマメかー!マメとか言う可愛いもんじゃない。連日の雨の中の移動で足裏には水が溜まっていた。痛いはずだよ。歩く度に痛い。水を抜いてマメを処理。

民宿久百々の夕食 民宿久百々の菅さん写真

午後6時、痛い足を引き摺り1階の食堂へ。今日の宿泊客は5人。団体ではなく個人のお遍路さんで5人泊まるのは、この時期めずらしいらしく女将さんもうれしそう。食堂に4人揃ったところで「記念に写真を撮らせてください。ホームページに載せますから。」と写真を撮られました。残りの1人は素泊まりらしい。今日一緒になったのは、20代であろう若い方、60前後の男性の方と70代の女性のお遍路さんです。みなさん歩きで金剛福寺を目指すんだとか。女将さんも加わり楽しいお遍路話。「ちゃんと帰ってこれるか心配。」と女性のお遍路さん。「バスは手を上げると、お遍路さんだと何処でも止まってくれるよ。」と女将さんがアドバイスをしていました。デザートにはスモモが出てきた。懐かしい味です。ここの食堂に菅直人さんの写真が貼ってありました。ここにも泊まってたんだ。

明日はいよいよ足摺岬、金剛福寺を納めます。天気には期待できません。



*このブログは四国遍路の回想記です。記憶違いで若干事実と違っている場合があります。

18日目 二泊三日で足摺岬の第38番札所金剛福寺(こんごうふくじ)を目指す、民宿みやこ

18日目は一日歩きます。次の第38番札所金剛福寺(こんごうふくじ)までは80km。

雨の中スタート

今日は岩本寺近くの村の家からスタート。一日雨模様。昨日に続き国道56号線をひたすら歩きます。途中、「ガンバッテクダサ~イ!」と外国人の自転車遍路に励まされた。午前10時30分頃、佐賀温泉前を通過。施設は改装中で休業していました。さらに歩く。ひたすら歩く。雨の中午後1時頃、ドライブイン幡多路で昼食。ここで今日の宿、民宿みやこを予約します。そして歩く。宿までもう少しってところで、また会った!野宿お遍路Iさん。土佐東寺大師堂で休んでいました。須崎市内で後ろ姿を見てから二日ぶりです。

「追いつかれちゃったね。今日はどこに泊まるの?」とIさん。
「すぐそこの民宿みやこを予約した。須崎市内で見かけたんだけど・・・早かったね。駅の方から出てきたんで電車に乗ったのか?と思った。」
「電車には乗ってないよ。途中、渡し舟には乗ったけどね。正規の遍路道らしいよ。」
確かに渡し舟があったな。浦ノ内灰方あたりか?昔も船で渡っていたのかな。
「昨日はどこに泊まったの?」
「岩本寺近くの村の家です。」
「キャリーバックで歩いてるお遍路さんに会わなかった。岩本寺で一緒になったんだけど。二人で通夜堂を借りようてことになって・・・」
あっ!昨日出会ったコロコロお遍路さんだ。
「・・・ そのおっさん、納経しないんだよ。ついたらすぐに納経所で通夜堂を借りちゃってさあ。一人にしか貸せないって言われて借りられなかったよ。どう思う?」
どう思う?って言われても・・・ お気の毒です。あの人、スタンプラリー遍路だったのか。
「佐賀温泉で風呂に入ろうと思ってたんだけど改装中だし散々だったよ。」
今日はこの先の道の駅ビオスおおがたで野宿だそうだ。10分ぐらいだろうか。話をして別れました。そして歩くこと10分。今日の宿、民宿みやこに到着です。ここは周りに店がないので2食付きで泊まります。

今日の宿泊客は僕を含めて二人。もう一人の方もお遍路さんみたいだが、歩きではないようだ。玄関には新聞紙が用意されていた。靴に突っ込んで水を吸ってもらう。靴も服もグッショグッショだ。風呂に入り食事は1階の喫茶店でいただきます。結構はボリュームのお食事でした。洗濯が終わり部屋に干す。ここはクーラーが有料です。迷った挙句、ケッチってしまった。こういうところが貧乏症でいけない。服乾くだろうか?

明日も一日歩きます。金剛福寺まではまだまだ50km。遠い~ぃ!



*このブログは四国遍路の回想記です。記憶違いで若干事実と違っている場合があります。

17日目 第37番札所岩本寺(いわもとじ)、民宿村の家

17日目は第37番札所岩本寺(いわもとじ)近くの宿へと向かいます。時間があれば岩本寺を納めます。

柳屋旅館

朝7時、昨日買ったパンを平らげ柳屋旅館からスタート。ここから次の札所岩本寺までは34km。順調にいけば岩本寺まで納めることが出来ます。今日も晴天。国道56号線を歩く。旅館を出て一人のお遍路さんを追い越します。50歳ぐらいの男性です。しばらくするともう一人。今度はキャリーバックをコロコロ転がすお遍路姿が・・・ とても違和感があります。60歳前後(?)の男性です。いきなり新たな二人の歩き遍路に出会えた。今日は珍しいな。

国道56号線はクルマ道。途中からは普通、歩きのお遍路さんは大坂谷の底を通る大坂遍路道を通るのですが・・・。「近道こちら→」という道しるべに騙された!国道は日陰がなく蛇行したアスファルトの道の緩やかな登り坂。木陰のある遍路道の方が若干涼しいはず。今日みたいに晴れた日に歩くには正直シンドイ。何であんな道しるべがあるんだ!?近道でもなんでもないじゃないか!国道56号線を歩き七子峠を越える事となった。やっぱりキツイよ~この天気。熱中症になりそうだ。ダラダラと坂を上り旅館から4時間で、七子峠を攻略。

ドライブイン七子茶屋 アンバサ

ここ七子峠の頂上にあるドライブイン七子茶屋で昼食を予定していたのだが・・・ 定休日。ドッドーと疲れがでた。自動販売機でジュースを買ってベンチで少し休憩する。ここに懐かしのアンバサを発見。僕が高校生の頃に流行ったなぁ。「右手に缶コーラー♪、左手に~は♪白いアンバ~サ♪」て、まだ売ってたんだ。懐かしさのあまり買って飲む。が、四国ではアンバサは珍しくはなく、この先何度も目にすることになる。そうこうしていると追い抜いた二人のお遍路さんが相次いでやってきた。「近道、に騙されたよ!」と50歳ぐらいのお遍路さん。先を急いでいるのか休憩せずにサッサと行ってしまった。次にコロコロ、キャリーバックのお遍路さん。どうやら野宿をしているらしい。「あなたも近道に騙されたのですか?」と聞くと、「そうだったの。やっぱり他にも道があったのか?!」どうやら騙されたわけでもないらしい。かなり長い間休んでしまった。ここからは下りです。再び国道56号線を歩き出します。

椿食堂 椿食堂のきつねうどん

午後1時、椿食堂で昼食。ひさしぶりにうどんをいただきました。



道の駅あぐり窪川

午後2時40分、道の駅あぐり窪川に到着。このペースだと十分、岩本寺まで打つことができます。今日、泊まる宿は岩本寺近くの民宿村の家。午後3時30分に民宿に到着。外観は大丈夫か?と言うぐらいの古い建物ですが、中は意外ときれいでした。すでに一人、お遍路さんがチェックインされていた。荷物を部屋に置き岩本寺へ。

岩本寺山門 岩本寺本堂 岩本寺大師堂 岩本寺円堂

岩本寺は5体のご本尊を祀るめずらしいお寺です。不動明王、観世音菩薩、阿弥陀如来、薬師如来と地蔵菩薩。ご真言を唱えるのも大変。オールスターです。本堂、大師堂と読経を納め納経所へ。「歩いて回ってるの?雨、大変だったろ。」と納経所のおばちゃんが話かけてきた。「この前の雨の日は大変でした。でもまだ遍路を始めて2日ぐらいしか、雨の日はないんですよ。」「へぇ~、あんた運がいいよ。」とおばちゃん。そうだよね。17日間で雨の日は2日ぐらいだもん。ご朱印をいただき民宿へ帰ります。今日も素泊まり。途中、コンビニで夕食と朝食のパンを買って帰りました。

部屋でコンビニ弁当を食べて風呂へ。「洗濯物はこのカゴに入れといてください。洗濯いたしますから。」と、お接待で洗濯をしていただきました。ありがとうございます。

次の第38番札所金剛福寺(こんごうふくじ)までは80km。おそるべし修行の道場、高知県。明日は一日歩きです。



*このブログは四国遍路の回想記です。記憶違いで若干事実と違っている場合があります。

16日目 第36番札所青龍寺(しょうりゅうじ)、柳屋旅館

16日目は昨日納め損なった第36番札所青龍寺(しょうりゅうじ)を納めます。

国民宿舎土佐屋上からの朝日 国民宿舎土佐屋上からの太平洋

昨晩泊まった国民宿舎土佐は屋上に登ることができます。今日の天気は晴れ。屋上に登り、朝日を眺める。眼下には無限に広がる太平洋。暑くなりそうだなぁ。6時30分、食事を済ませ温泉へ。朝風呂なんて贅沢。8時に旅館を出て青龍寺へと下って行く。そう、ここはお寺より高い位置にあるお宿。しばらく下ると昨日見つからなかった奥の院とを結ぶ遍路道が・・・あった。雨の日は視界が狭まる。来る時はなかったぞ!(そんなわけはない。)急な下りの遍路道を通って青龍寺へ。旅館から出て15分ほどで青龍寺の山門の脇に出た。こんなに近かったのか!

青龍寺山門 青龍寺本堂 青龍寺の不動明王 青龍寺三重塔

青龍寺を納めて次の第37番札所岩本寺(いわもとじ)までは60km。今日中に着くわけもなく本日の参拝は終了。あとはひたすら歩くだけ。

宇佐大橋 宇佐大橋3 宇佐大橋2

横浪スカイラインを通るコースは結構アップダウンがありキツイらしい。ここは打戻りで宇佐大橋まで昨日歩いた道を戻ります。「こんなとこ通ったっけ?」雨の日と晴れた日では見る景色が全然違って見えます。そして、宇佐大橋。ここからの景色は絶景でした。

宇佐大橋を渡り、渡り舟や釣り船が並ぶ浦ノ内湾沿いの県道23号線を歩く。昨日の雨がウソのような晴天。気温も上がり真夏日に!水筒にペットボトルのお茶を何度か買い足して、だらだらひたすら歩きます。途中、飲食店もなく、お昼は食べずじまい。「郵便局はないだろうか?」持ち金も少なくなり郵便局を探しながら歩く。高知は簡易郵便局が多いみたい。カードしか持って来てない僕はATMのある局でしか引き出せない。ちなみに普段はセブンイレブンのセブン銀行を使っている。全国どこにでもあるから便利だ。て、・・・ 四国にはセブンイレブンがない。お遍路には郵便口座は必須です。ようやく須崎市内までやって来た。すると前方50mほどに静岡の野宿お遍路Iさんが歩いているではないか!この先の道の駅で野宿するのだろう。僕はとりあえず郵便局へ。郵便局ではお金を下ろし、使わない荷物を家に送ることにした。1kgぐらいは軽くなったか?だいぶ楽だ。お金も下ろし今日泊まる柳屋旅館へと向います。

柳屋旅館

夕方5時頃、柳屋旅館に到着。ここは素泊まりです。高知に入って「お遍路は素泊まりだ。」て事に気付いた。旅館の食事は当然地元の名物、自慢の料理を出してくれるのだが・・・ 高知に入って「鰹のタタキ」ばっかりだ!たまにはカレーやハンバーグも食べたい!一泊二日の観光旅行だとそれでいいのでしょうが。40泊もする四国遍路の旅。豪華な食事は毎日食べてると飽きてきます。家庭料理がいいですね。ここからは近くに店がある旅館は素泊まりで泊まることにしました。お金も節約できるしね。近くのフジ内のマックで夕食。朝食べるパンを買って旅館に戻ります。

今日は暑い一日でした。明日の天気予報は曇り。少しは歩きやすそうです。



*このブログは四国遍路の回想記です。記憶違いで若干事実と違っている場合があります。