ミャンマーの旅も終了



さて、ミャンマーの旅もこれで終わり。再びタイはバンコクへ戻ります。バンコクへは来た道を逆に辿る形になる。再び悪路と言われるミャワディへの道を走らなければならない。アジアハイウェーの整備も進み、どうも一日おきに片側一方通行が入れ替わる事はなくなったみたいだったが・・・ 確信は持てなかった。ひょっとしたらヤンゴンで足止めかな?と思っていた。



バスのチケットは宿の隣にある旅行会社で手配する事にした。ひょっとしたらミャワディまでの直行便もあるかもしれない。少し期待しながら旅行会社を訪ねるが・・・やはり、なかった。ミャワディへはヤンゴンでバスを乗り換える必要があるみたいだ。



バガン-ヤンゴン-ミャワディのバスチケット



旅行会社での最初の説明では、朝にバガンを出て、夕方にはヤンゴンに着く。ヤンゴンから夜行バスで国境の町ミャワディまで行けるとの事だった。バガンを出て次の日の朝には国境を越えタイに戻れる。



しかし、いざバス会社に確認を取ってみると、ヤンゴンからミャワディへのその日(2015/06/05)の夜行バスのチケットは無いとの事だった。売り切れ? それともやっぱり一日おきに片側一方通行が入れ替わっているのだろうか? 来る時は運よく「通れる日」だったのだろうか?




バガンからミャワディへの移動



さて、選択枠は二つだ。バガンの滞在を一日伸ばして次の日の朝の便でヤンゴンへ行くか、バガンを夜行便で出て次の日のヤンゴンで夕方まで時間を潰すかだ。ヤンゴンは都会だし、まあ、ぶらぶら散策でもしてたら時間も潰せるだろうと思い、バガンを夜行便で出る事にした。しかし・・・ 後悔する事になる。



トラックの荷台に乗り込む



夕方5時半にピックアップのトラックが来る。荷台に乗りバスターミナルへひた走る。ニューバガンの町を出ると思わず「しまった!」と心の中で叫んでしまった。そこには地平線の遥か彼方まで多くのパゴタが点在する平原が広がっていた。遮る物は何もなく地平線の先まで見渡す事ができた。まさに絶景でした。



バスターミナルからニューバガンまで



バスターミナルからの道は一度、通っていた。しかし、夜明け前の真っ暗な道だった。景色など何も見えずバガンの入域料20ドルを払った道。こんな絶景を見る事が出来るとは夢にも思いませんでした。トラックの荷台なのでゆれにゆれ、写真を撮ることが出来なかった。朝日はこちらから鑑賞すればよかったな~と後悔するのでした。



バガン発ヤンゴン行きのバス



午後6時30分、バスはバガンのバスターミナルを出発する。僕の隣に乗り合わせた若い男性は運び屋だった。Tシャツや雑貨、お菓子などの大量の荷物をバスに載せていた。バガンからのバスにはツーリストは少なく、ほぼ9割は運び屋が乗っていた。運び屋の若い男性は礼儀正しく、バガンの大学に通っているとの事で英語も少し話せるようだった。荷物で窮屈になった座席に申し訳なく思ったのか、荷物の中からお菓子を一つくれた。日本人が珍しかったのか記念写真もパシャパシャ撮られました(汗)。



バス会社オフィスの様子



ヤンゴンには朝4時頃に着いた。運び屋の若い男性はバスから荷物を降ろし、バス会社のオフィスの中に広げた。すると、しばらくして中年の女性が現れて荷物の品定めをする。どうも荷物の受取人らしい。バスからは大量の荷物が降ろされ、バス会社のオフィスは荷物で一杯になった。オフィスのカウンターの上には新聞の束がドンと置けれている。



なぜ、バスはこんなに早い時間に目的地に着くのか? 疑問だったが、どうも、そうゆう事らしい。バスを利用するのはほとんどが運び屋なのである。その日に市場に出す商品をバスの載せて運んでいるのだ。朝早く目的地に着くのは多分その運び屋達のニーズに合わせた結果だろう。僕ら旅行者にとっては迷惑な話なのだが。



アウミングラーバスターミナル 下呂温泉直行バス



次に乗るミャワディ行きのバスは夕方7時発だ。夜が明けるまでバス会社のオフィスで時間を潰す。明るくなって外に出る。ヤンゴンのアウミングラーバスターミナルは町の外れにあった。ターミナルには多くのバス会社が軒を連ねて並んでいる。その前にはバスが所狭しと並ぶ。そこにあるバスはほとんどが日本で使われていた中古のバスだ。「下呂温泉直行バス」もありました(笑)



ヤンゴンのゲームセンター



ターミナル近くにはコンビニやレストラン、ネットカフェなどもありました。暑いのでビールを飲みにレストランへ。朝食を食う。



バスターミナル近くのマーケット



食事を済ませバスターミナル周辺をぶらぶらする。近くのマーケットに行ってみる。しかし、この暑さだ。2時間ほど歩いたらへばってしまった。これと言って見るような所もなく疲れたるだけでした。仕方なくバス会社のオフィスに戻る。



売り子 売り子



バスの待合室で座っていると、いろんな売り子達がやってきた。腕時計、おもちゃ、洋服などなど。バスの待合室では売れないだろって品ばかりだ。バスの時間まで、やることなく待合室に置かれているテレビをボーと見て過ごす。こんな事ならバガンの滞在を一日伸ばせばよかったな、と後悔した。



午後6時30分、バスの搭乗手続きが始まった。バスの横には大量の荷物は置かれている。このバスも運び屋ご用達のようだ。



がんばろう!日本



バスは午後7時に出発した。僕の乗るバスはなんと「がんばろう!日本」号だった。阪神淡路大震災のあと、神戸あたりを走っていたバスだろうか? 日本製の中古バスは乗り心地もよく快適です。疲れてウトウトと眠りに入っていると・・・



午前2時頃だっただろうか。突然ガタンという衝撃で目が覚める。乗客から悲鳴が上がり、バスは2,3回大きくバウンドして止まった。死んだ、と思った。なんせミャワディへの道は悪路で、道を外れれば谷底へ真っ逆さまとのイメージがあったからだ。幸い、バスは木の茂みに突っ込んだだけだった。しかし、自力では道には戻れず、乗客を後部の非常口から降ろし牽引されて道に戻された。そして、ちょこっと足回りを点検するとすぐバスは再出発するのでした。無事にミャワディまで辿り着けるのだろうか?



事故後のがんばろう!日本

事故で無残な姿になった「がんばろう!日本」号



ミャワディへの道 ミャワディへの道



ミャワディへの道。こういう細い道もあるのでまだ片側一方通行なのかな? ひょっとしたら大型のバスやトラックのみ規制しているのかもしれない。でも、対向車も走ってたしな~、どうなってんだろう?



ミャワディのイミグレーション



事故の後はほとんど眠る事は出来なかった。午前8時20分、バスは無事にミャワディの町に着いた。ここからは歩いて国境を越えます。



国境の友好橋



タイとミャンマーの国境の友好橋。中央で右側通行から左側通行に入れ替わります。橋を渡るとタイです。なんだかホッとします。



タイの国境の町メーソットからはバンコクへの高速バスが出ています。しかし、疲れるだろう思いホテルを予約しておきました。一泊してバンコクに戻ります。タイはあとチェンマイ、アユタヤと観光します。





世界一周 89日目【6/04】(ミャンマー・バガン)

バスチケット(バガン-ヤンゴン) 13,500チャット

バスチケット(ヤンゴン-ミャワディ) 12,000チャット

昼食(ビール込み) 3,300チャット

夕食(ビール込み) 5,000チャット

ミネラルウォーター 300チャット

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     合計34,100チャット(≒3,900円)


世界一周 90日目【6/05】(ミャンマー・バガン-ヤンゴン)

昼食(ビール込み) 3,300チャット

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     合計3,300チャット(≒380円)


世界一周 91日目【6/06】(ミャンマー・ヤンゴン-ミュワディ)

朝食 1,500チャット

ビール(朝) 600チャット×2

ジュース 500チャット×2

その他 1,050チャット

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     合計4,750チャット(≒540円)


世界一周 92日目【6/07】(タイ・メーソット)

昼食 55バーツ

バスチケット(-バンコク) 410バーツ

その他 117バーツ

HOP INN(1泊分) 600バーツ

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     合計1,182バーツ(≒4,300円)





ながらく愛用しておりましたライブドアブログですが更新終了とさせていただきます。なお、以降の記事はWordPress版新ブログにて更新いたします。引き続きよろしくお願いします。

みちしるべ2 元トヨタ期間工の世界一周旅行記、他
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